第9章 甘い嘘●
慌ててリモコンを拾い、ボリュームを上げた。
テレビから大音量で流れる歌声。
そんな事をしたところで高杉さんだと確かめる事は出来ないのだが、状況が飲み込めずにただ困惑するばかりだ。
テレビ画面に釘付けになりながら、ふと、高杉さんと出会った日の事を思い出す。
あの日、私は佐久間さんの留守中に洗濯物をしていた。
高杉さんはチャイムを押す事もなく、部屋の中へズカズカと入って来た。
警戒する私と、まるで我が家のようにくつろぐ高杉さん。
「…誰?」
と聞かれた私は、すぐさま
「…あなたこそ…誰ですか?」
と聞き返した。
私の問いかけに、高杉さんはなぜか少し驚いた表情を浮かべていた。
今思えば、あれはthe IVYのヴォーカリストである高杉さんを知らないという事に驚いたのだろうか。
高杉さんはこうも言っていた。
「俺達の“仕事”知ってる?」
「美容師ですよね?」
「そうそう、美容師。」
あの時、なぜか高杉さんはビールを吹き出しそうになっていた。
困惑する私などお構い無しにゲラゲラとお腹を抱えて笑っていた。
一体何がそんなに面白いのだろうかと思っていたが、今思えばあの反応も不思議ではない。
という事は…
「あれ?聞いてない?
俺達“仕事仲間”でもあるから。」
あの言葉は…