第9章 甘い嘘●
「…あの。」
「橘先生、あまり一人の生徒に“入れ込み”過ぎないようにね。」
私の言葉をさえぎるように愛美先生はそう言った。
「小松さんの事で頭がいっぱいなんでしょう?」
「はい…。」
愛美先生はふぅとため息をつくと、グラスのワインを飲み干す。
空いたグラスをテーブルに置く。
すかさずワインを注ごうとした私の手をさえぎり、愛美先生は真剣な表情を浮かべた。
「私達の仕事は、生徒を無事卒業させる事。
それだけ。
毎年数百人の生徒が卒業して、また数百人の生徒が入学してくるんだよ。
一人の生徒に入れ込んでしまっては身が持たないの。
橘先生の生徒は小松さんだけではないでしょ?」
愛美先生の言葉に戸惑いを隠せなかった。
確かにもっともな意見だとは思う。
私も彼女と出会う前まではそう思っていた。
しかし、私と彼女の関係はもはや教師と生徒の域を越えている。
それは…毎日昼休みを共に過ごしている愛美先生も同じだと、勝手に思い込んでいたのだ。