第2章 高校教師
夜になり、仕事から帰って来た母は子犬を見てこう言った。
“うちで犬は飼えないの。”
翌朝、目を覚ますと子犬の姿はどこにもなかった。
押し入れの中、庭の物置、子犬を拾った公園…どこを探しても子犬はいなかった。
母は朝仕事へ出掛けると、夜8時過ぎまで帰る事はない。
誰もいなくなってしまった家で、私は膝をかかえながら泣いた。
しかし、最初は泣いてばかりいた私も、時間が経つにつれ、子犬の事などすっかり忘れてしまった。
あんなにも頭を悩ませて考えた子犬の名前ですら、今はもう思い出す事が出来ない。
なぜ今さら小学2年生の頃の事を思い出すのだろうか。
隣の部屋で眠る男と、子犬が重なって見えたとでもいうのだろうか。
しかし、さっき私が“拾ってきた”のは子犬ではなく大人の男だ。
いや、飼う気もないのだから“拾ってきた”という表現は不適切だろう。
彼は、朝になれば自分の帰るべき場所へと帰る。
そして、もう二度と会う事もなければ思い出す事もない。
あの時の子犬のように。
そしてそれは、亮太と私のように。