第5章 条件
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バスを降りた時だった。
コートのポケットの中、携帯電話が鳴り出した。
相手は…佐久間さんに違いない。
はやる気持ちを抑え、携帯電話を取り出す。
画面に映し出される佐久間さんの名前。
心臓の鼓動が早まるのを感じつつ、深呼吸をして電話に出た。
「はい…橘です。」
「あっ、佐久間です。
メールありがとう。今大丈夫かな?」
「はい。」
「猫は元気だよ。
意外と俺の家が居心地良いみたい。」
「そうですか、良かったです。」
声を聞いただけで、佐久間さんが笑っている事が分かる。
顔をクシャクシャにして笑う少年のような笑顔。
佐久間さんの声が聞こえる右耳が熱い。
まるで好きな人と初めて電話をする女子中学生のようだ。
あいにく私にはそのような経験はないが、きっとこんな気持ちなのだろう。
「もう家にいるの?」
「いえ、今バスを降りたところです。」
「今日はこれから何か用事ある?」
「いいえ…ないですけど。」