第5章 条件
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すっかりタイミングを逃してしまった。
時刻は午後7時を少しまわった所。
帰りのバスにゆられながら、携帯電話でメッセージを送る。
相手はもちろん佐久間さん。
子猫の様子を伺う内容の短いメッセージだ。
佐久間さんはまだ仕事中だろうか。
美容師ならきっと帰りも遅いはずだ。
そうなると、今頃子猫は暗い部屋で一人ぼっち。
本当は、今すぐにでも様子を見に行きたい。
携帯電話をコートのポケットにしまい、座席にもたれる。
ふと、車窓に映る自分の顔に目が止まった。
相変わらずの疲れた表情。
それでも以前とは明らかに違う事がある。
それは“好きな人”がいるという事。
ただそれだけの事なのだが、今の私を動かしているのは間違いなく佐久間さんの存在だ。
きっと…私は自分で思っていたよりも“単純な女”なのかもしれない。