第4章 種
「…佐久間さん。」
小さく名前を呼んでみる。
その瞬間、心が温かくなると同時に、胸を締め付けられるような苦しさに襲われた。
最後に会ったあの日にも感じた想い。
答えを導き出そうとするあまり、目玉焼きを焦がしてしまったこの感情。
“八幡坂。昔行ったよ。”
初めて二人で食事をした日、出窓に並べてあった写真たてを見ながら佐久間さんはそう言っていた。
函館でもっとも海が美しく見える坂である八幡坂。
この山頂からもその坂を望む事が出来る。
佐久間さんはいつ、この街を訪れたのだろうか。
修学旅行…いや、家族旅行か。
それとも恋人と…。
「…会いたい。」
ため息をつくかのように言葉がもれる。
次に会う約束などない。
会えるかどうかも分からない。
結局、電話番号すら交換していない。
…佐久間さんに会いたい。
佐久間さんに会いたい。
佐久間さんの事を…もっと知りたい。
酒に酔い、アパートの中庭でうずくまる佐久間さんを見付けたあの日。
あの日…私はきっと、人生最大の恋をしたのだと思う。