第4章 種
シャッターを押したのは2回だけ。
カメラを鞄の中へしまい終えると、再び眼下に広がる街を眺めた。
どちらかと言えば、美しい風景は写真ではなく瞳に焼き付けておきたいと思う方だ。
その時の匂いや音、日の暖かさや風の冷たさ。
私にとって写真はその記憶を思い出させるための物でしかない。
そもそも写真を撮る事に夢中になりすぎると、写真の構図でしかその景色を思い出せなくなってしまう。
本当に大切だと思う景色は、いつでも瞼の裏に写し出せるようでありたい。
そんな事を思いながら遠くの山々を眺めていると、ふと佐久間さんの顔を思い出した。
クシャクシャにして笑う顔。
瞳を閉じれば、いつでも甦らせれる。
もちろん、写真など撮ってはいない。
それでも、佐久間さんの顔は忘れてはいない。