第4章 種
母が喫茶店を開いたのは、私が中学校へ入学した年だった。
それまでの母は、昼間は保険の外交員、夜はスナックのホステスとして働いていた。
そのため、私はよく近所に住む祖父母の家に預けられていた。
しかし、そこは私にとってあまり居心地の良い場所ではなく、小学校へ上がる頃にはおのずと足も遠のいていった。
親しい友達などいなかった私は、学校が終わるといつも家で一人、母の帰りを待っていた。
テレビのない静かな部屋で一人、する事もなくただ勉強に明け暮れるだけの日々。
寂しいと思った事はない。
あの頃の私には母しかいなかった。
母が私の世界の全てだった。
母を困らせたくない。
母の悲しむ姿など見たくない。
私は母の望む人生を歩まなければ…。
その考えは今も変わっていない。