第4章 まるで飼い主とペット
いつからそこにいたのか、キッチンの入り口には1人の男の子が立っていた。
ニヤニヤと笑いながら私たちを見ている。
「こーら。ここは危ないから入っちゃダメだって言ってあるだろ?」
皐月くんが諭すようにそう言うと、男の子はバタバタと走り去っていった。
「まったく…新婚さんなんて言葉どこで覚えてくるんだか」
「ふふっ…子供って覚えたての言葉すぐ使いたがるよね」
さっきは『カノジョ』と言われて思わず赤面してしまったが、子供の言う事だし今回は聞き流そう……そう思っていたのに。
「でも…桜子さんがもし俺の奥さんだったら……きっと毎日幸せだろうな」
「え……、」
「可愛いし優しいし…料理も上手だし…」
「さ、皐月くん…?」
突然何を言い出すのか…
勿論冗談だとは解っていたが、彼の顔があまりにも真剣だったのですぐに言い返す事が出来なかった。
「そう言えば……桜子さんて彼氏いるんですか?」
「へ…?」
唐突な質問に思わず妙な声を出してしまう。
緩く首を横に振ると、彼はどこか意外そうな顔をした。
「本当に…?」
「う、うん……」
「……そっか」
私の答えを聞いて、何故か嬉しそうな顔をする彼。
そして不意に両手を握ってくる。
「じゃあ俺……立候補してもいいですか?」
「えっ…」
「桜子さんの彼氏に」
「っ…」
一瞬冗談かと思ったが、彼の顔はひどく真剣だった。
綺麗な黒い瞳が私を捕らえて離さない。
「あ、あの……皐月くん…?」
「…はい」
いや、『はい』じゃなくて…!
この状況、一体どうすればいいの…?
何も言えずにただ立ち尽くしていると、鍋の湯が沸騰して溢れた。
私の手を放した皐月くんがすぐに火を止める。
「本当は俺…前から桜子さんの事知ってたんです。あの、自転車が故障した日より前から…」
「…え……?」
「初めて見た時からずっと綺麗な人だなって思ってて…。あの喫茶店の前を通る度にドキドキしてたんですよ」
「……、」
「だからこうやって桜子さんと話せるようになって……俺、すごく嬉しいんです」
そう話す彼の顔は少し赤かった。
彼が嘘をついているようにはとても思えない。
.