第4章 まるで飼い主とペット
「えっ…神浦くんてM大なの?」
コーヒーを飲む彼の横で開店準備をしながら他愛の無い話をする。
「はい、今年入学したばかりで…」
「私、M大の卒業生なんだよ。今年卒業したから、神浦くんとは入れ違いだね」
「そうなんですか?」
まさかの共通点を知り、急に親近感が湧いてきた。
彼はこの近くで一人暮らしをしているらしく、大学までは自転車で通っているとの事だ。
「一人暮らしって事は…実家はこの辺じゃないの?」
「えーっと…」
何気なくした質問に、彼は言葉を濁す。
聞いてはいけない事だったのだろうか…
「あっ…ごめんね、馴れ馴れしくしちゃって…」
「いえ、違うんです。実は俺…生まれた時から施設で育ったもので…」
「え……」
「別に俺自身は気にしてないんですけど…こういう話をすると普通の人は気を遣ってしまうから……」
「……、」
確かにそうだろう。
私も咄嗟に「ごめんなさい」と言うところだった。
けれど彼にしてみれば、そうやって気を遣われる事の方が嫌なようだ。
「俺を育ててくれた施設長さんはホントにイイ人で…。だから俺は親の顔を知らなくても辛くないんですよ」
「神浦くん…」
「"皐月"って名前も施設長さんが付けてくれたんです。俺が来たのが5月だったからって…」
「そうなんだ…」
「あの……良かったら俺の事…名前で呼んでもらえませんか?」
「え…」
「俺…自分の名前すごく気に入ってるんです」
そう話す彼は本当に嬉しそうだった。
両親の愛情を知らずに育った彼がこんなに明るく真っ直ぐに成長したのは、施設長さんが本当の親のように愛情を注いで育てたからだろう。
「それじゃあ皐月くんて呼ばせてもらうね」
「はい!……俺も…"桜子さん"て呼んでいいですか?」
「うん、勿論」
「ありがとうございます」
「……、」
無邪気な笑顔に思わずドキリとする。
そんな私に、少し離れた所から叔父さんが声を掛けてきた。
「楽しくお喋りもいいけど、ちゃんと手も動かしてくれよ」
「はーい」
「新しいバイトが入るまで、桜子ちゃんにはこれまで以上にしっかり働いてもらわないとな」
「ぅ…」
それまでの楽しい雰囲気が一変、一気に気が重くなってくる。
.