第25章 苦い過去
「せっかくリアンとお楽しみ中だったのに…。何ならあなたも一緒に楽しんでいく?3人でっていうのもなかなか面白そうじゃない?」
開き直ったのか、この期に及んでまだそんな事を言っている彼女。
兄貴の傍に寄り、その手を掴んで自分の胸へと導く。
「社長業なんてやってたら女を抱く暇も無いでしょう?…私が相手をしてあげましょうか?」
「…生憎貴女のような人に慰められる程女性には困っていませんよ」
そう言って兄貴は彼女の手を振り解いた。
口調は柔らかいが怒っているように見える。
その笑っていない冷めた目が全てを物語っていた。
「今をときめく売れっ子作家とは言え…あまり調子に乗らない方がいい」
「…え……?」
「私が貴女を出版業界から追い出す事くらい造作も無い事ですから」
「っ…」
兄の言葉を聞いた彼女の顔色が変わる。
彼は有言実行の男だ…これは脅しではなく本気だろう。
「…解ったら二度と弟には近付かないで下さい」
彼女にそう告げると、今度はこちらへ視線を向ける兄。
「そのみっともない格好を早く何とかしろ……帰るぞ」
「……、」
そう言う彼の後を追い、俺は鉛のように重い体を引き摺りながら部屋を出た…
「…なんで俺の事助けたんだよ」
ホテルを出ると、ロビーの外には兄貴が呼んだらしいハイヤーが停まっていた。
その後部座席に乗り、隣に座る彼にそう問い掛ける。
俺たち兄弟は昔から仲が悪い。
俺は兄貴が嫌いだし、兄貴だって俺と同じ気持ちのはずだ。
それなのに…
「…勘違いするな。別にお前を助けた訳じゃない」
「…え……?」
「正統な血を受け継いでいないとは言え、お前も家の次男だ。あんな女狐にくだらない弱味を握られて、一族の名に傷でも付けられたら堪ったもんじゃないからな」
「………」
「お前ももう子供じゃないんだ…いい加減自分の立場というものを自覚しろ」
「………」
昔の俺ならその言葉に反論していただろうが、今は何も言い返す事が出来なかった。
大嫌いな兄の言葉は正論だからだ。
俺だって好きでこの家に生まれた訳じゃない…少し前まではそう思っていたけれど。
"あの人"と出会ってから…
父の仕事を間近で見る機会が増えてから、その考えも少しだけ変わった。
相変わらず父の事は好きになれないが…
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