第25章 苦い過去
それから俺たちは車内で一言も交わさなかった。
そしてそろそろ俺の住むマンションへと近付いてきた頃…
「今日の事…彼女にはきちんと話しておけ」
そう口を開いた兄。
"彼女"とは勿論桜子の事だろう。
「今後お前に近付いてくる女は他にも嫌という程いる。それはお前自身が目当ての女、家の財産を狙う女…様々だ」
「………」
「相手によっては簡単にあしらう事が出来ないかもしれない」
「…どういう意味だ」
「お前にその気が無くても、一緒に食事をしたり時にはそれ以上の事もしなくてはならないという事だ」
「………」
それはこの家の為…?
親父も兄貴も通ってきた道なのか…?
「お前と本気で付き合う気なら、彼女にも今のうちに覚悟を決めておいてもらった方がいいだろう」
「……、」
「…着いたぞ。あの女に妙なクスリを盛られたなら、明日にでも病院へ行って診てもらえ」
そう言って俺を降ろすと、兄を乗せた車は暗闇の中へ消えていった…
(クソ…まだ体が熱い……)
体の痺れはほとんど消えていたが、媚薬の効果はまだ完全に切れていない。
あと数回ヌかなければこの熱は治まらないだろう。
心の中で舌打ちをしながら部屋の鍵を開ける。
すると…
「…?」
リビングに灯る明かり…
加えて玄関には見覚えのある女物の靴が置いてあって…
(…まさか……)
玄関先で呆けていると、リビングの方からパタパタとこちらへ走ってくる足音が聞こえてきた。
「お、おかえりなさい」
「…!」
俺の目の前に現れたのは、思った通り"彼女"で…
「勝手に上がっちゃってごめんね?一応メールはしておいたんだけど…」
「……、」
色んな事があり過ぎて、スマホをチェックする余裕なんて無かった。
言われた通り慌ててスマホを取り出すと、そこには1件の未読メッセージが表示されている。
「リアンくん…なんか具合悪そうだけど大丈夫?」
そう言って俺の方へ手を伸ばしてくる彼女。
俺は咄嗟にその手を振り払ってしまった。
「……、リアンくん…?」
「ぁ……悪い…」
彼女が来てくれた事は本当に嬉しいが、今は触れてほしくない。
あの女の残り香を纏った俺の汚い体。
早く全てを洗い流さなければ…
*