第5章 春休み
まともに顔を見ることすら出来ない。
不意に昨日の言葉を思い出すといやでも顔が熱くなるのが分かる。
「あ、鍵開いたみたい」
「え?」
そう言いながら目の前の彼は立ち上がった。
「音がした。管理人さんも来たみたいだし挨拶して帰ろう」
差し出された手を取って立ち上がると、彼はそのまま管理人室へと足を向けた。
そしてそのまま軽い挨拶を済ませて寮までの道を歩く。
いつまでこの手は握られたままなのか。
(男の人の手だ)
思わず視線は繋がれた手へと向く。
細くて白くて女みたいに綺麗な肌。
でも、大きくてゴツゴツしている。男の人の手。
「あれ、ハルじゃん!」
「!飛鳥、」
声をかけられて顔を上げると隣には実渕君も居た。
そう言えば仲がいいと言っていたのを思い出す。
飛鳥と実渕君の視線は繋がれた手へと向いてることに気付いた。
「ん~…春香は王子でも難しいと思うよ?」
「長期戦で行くつもりだよ、元々」
「アタシは協力する気ないかんね」
「あら、私は協力する気で居たけど」
「だって寂しいんだもん。ま、春香はせいぜい気を付けなよ」
一体何の話をしているのか分からない。
飛鳥と実渕君とは手を振って別れた。
何に気を付ければいいのか一体。強いて言うなら彼のファンにだろうか。
「そう言えばいつまで手をつないでるの?」
「嫌だった?」
「そうね、強いて言うなら周りの目が気になるから嫌」
「じゃあ周りを気にしないで俺だけ見ててよ」
そうは言われても。この状態は目立つから嫌だ。
さっきから女子にも男子にもヒソヒソ言われている気がするし周りを気にしない方が難しい。
結局、寮の部屋の前まで手をつないだままだった。
「じゃあ着替えてシャワー浴びてから伺うわ」
「うん、またあとでね」
部屋に戻ると一気に緊張が解れた気がした。
そう言えば男の人と手を繋いだのは久々だった。
他人と一緒に居ること自体神経を使う。
「おなかすいた」
ひとまず今は何か食べてシャワーを浴びて来よう。
そのあとは隣の部屋に遊びに行く。
よし、今日の予定はこれでもう埋まった。