第5章 春休み
とにかくだ。人が来る前に服は着て貰わないと困る。
「辰也、こっち向きなさい。キスしたくても出来ないでしょ」
そう言ってから少ししてからこっちを向いてようやく上半身を起こして布団から出てきた。
「春香の馬鹿」
「何それ?!ってかアンタ下パンツって…なんで脱いでんの意味分かんない早く着替えなさいよもう!」
また勢いよくカーテンを閉めた。
別に男の裸に何かを思うわけでも何でもないけど条件反射というものだ。
そもそも私だっていい年した女だ。今更裸ぐらいで動じたりはしない。
「…春香、おはよう」
「え?あぁ、おは…」
カーテンが開いて挨拶のあとに頬にキスされた。
目の前の彼は私の反応を見て満足げに微笑んだ。
顔を洗ってくる、そう言って出て行ってしまった。
溜息を吐きながら辰也の寝ていたベッドを整える。
ほんの少し香水の匂いがした気がした。
「もう」
全く意味が分からない。
自分が寝ていたベッドの上に座って考える。
馬鹿と言われたことも頬にキスされたことも。
一体私が何をしたのか。何もした記憶が無い。
いや、頬へのキスはまぁ向こうじゃ挨拶程度だろう。
しかし馬鹿と言われた理由はなんなのか。
強いて言うなら起こしたくらいか。無理矢理起こしたからかもしれない。
飛鳥は無理に起こされるのは嫌だったはず。そうだとしたら悪いことをしたなと思う。
「練習は今日9時からだからその前には管理人さん来ると思うよ」
急に後ろからそう話しかけられて思わず肩が跳ねた。
振り向くといつもとは違う髪型で少し違和感を覚える。
「!そう。あの、辰也」
「ん?」
「ごめん。無理に起こしちゃって」
「……春香、鈍いって言われない?」
「え?うーん…動きは早い方だと思うけど」
「鈍い。うん、鈍い」
「なんで二回も言うのよ失礼ね」
自慢じゃないけど足は速い方だと思う。運動だって嫌いじゃない。
「伊波さんにも聞いてみたらいいと思うよ」
「…飛鳥に鈍いって言われるのはシャクだから嫌」
苦笑を浮かべながら辰也も自分の寝ていたベッドへ座る。
一体何を話そうか。