第3章 大学1年 冬
彼は口を開いた。
「ありがとう、春香さん」
それは飛鳥以外に、久々に呼ばれた名前で。
私がそう呼べと言ったように。
「覚えてるんじゃない。どういたしまして」
覚えてないと思っていた。だから私は何も言わなかった。
覚えてないいないなら覚えていないで問題ない。
呼び方なんて、そんなものだから。
「うん、熱もほぼ下がってるし。あの部屋でまた生活させることに多少の抵抗はあるけど」
お礼を言ってきたということはそういうことだろう。
「春香さんのご飯、美味しかったよ」
「当たり前じゃない、ありがとう」
彼はきっと。
彼にとって今まで通りに靴を履いて、またお礼を言った。
「それじゃあ、お世話になりました」
「いえいえ。今度具合悪くなったらちゃんと誰かに連絡しなさい。っていうか倒れないような生活しなさい」
「肝に銘じておくよ。…いつか、君にガラスの靴を持った王子様が現れるといいね」
そんな言葉を残して彼は出て行った。
「…さすが、王子って呼ばれるだけの男ではあるわけだ…」
この数日で危うく、好意を抱きかけた。
だが、さっきの一言で分かったのだ。
彼は私の王子様にはなりえない、と。
少なからず私に恩義は感じようとも、人としての好意は覚えようとも。
恋愛感情としての好きにはならないのだ。
まぁ出会って一年近くは経つけどまともに話したのはここ数日が初めてだと言うのが正しい。
だから、なるわけがない。
それは私が一方的に抱きかけた感情だし、彼に対しては抱いていけない感情だ。
彼に対してだけは、思っていけない感情になるんだろう。
だってファンが怖いんだもん。