第1章 ~春~ 4月
「……っ」
思わず彼へ向けていた視線を前に戻した。左胸を確かめると、その鼓動は早い。
……完全に不意をつかれた
あんな風に笑うなんて、誰が想像出来ただろう?
ふと、エルの脳裏にかつての記憶が蘇る。そういえば以前、ろくな事を言わない上官が力説していた。
確か……
『エル、異性の気を引くのに有効なのはギャップだ。意外性は強く印象に残る!間違いねぇ』
「……師団長は正しかった」
「あ゛?ナイルがどうした?」
リヴァイの間の抜けた声を適当にやりすごし、先ほど食べたご飯やエルヴィン団長、師団長の事。何でもない話をぽつり、ぽつりと交わしてゆく。
いつの間にか……半歩前を歩いていた筈なのに、その肩は隣に。
やりにくいと悲鳴を上げていた心は、穏やかなものに変化していた。
「リヴァイ兵士長、こちらですよ。今日はありがとうございました」
「女子棟はどこだ、暗いから送る」
「お気遣いなく、この建物の横ですから」
そう言って隣の建物を指差した。
「じゃあ、見てるからお前先に帰れ」
「そういう訳にはいきません!兵士長に先に入って頂かないと」
「……融通が利かねえな」
姿勢を正し『絶対に動きませんよ!』と主張してみせると、彼は眉間にシワをよせ舌を鳴らした。
「世話になった、風邪引くなよ」
「ありがとうございます、兵士長もゆっくりお休みになって下さいね」
最後に一つ、ため息をついた男は踵を返し建物へ向かって歩き出す。
その背中が名残り惜しくて、エルは背中に隠した掌をギュッと握りしめた。
不思議と寒さは全く感じない。
頬は熱くて……心は暖かかった。
―――
―――――…