第4章 番外編
トラファルガー家の日常 その2
娘であるリンは、よくローと一緒に医学の勉強をしていた。
医者としての父の姿を見て素直に尊敬し、いつしか医者を目指すようになったのだ。
「皮膚縫合は外科手術の基本手技だから、ちゃんと理解しとけよ。縫合は幾つか種類があって、標準的なものは結節縫合だ。縫合糸は針付きモノフィラメントナイロンを使って……」
ローの言葉を真剣に聞いているリンの姿は、普段の阿保さの欠片もなかった。
人体の図解を真剣に見ている娘の表情は、かなり集中しているようだ。
その事実に、最初に驚いたのはローであった。
本人に言ったら怒られそうだが、ユーリの血を引いているので、どうせすぐ飽きるかそこまで真剣にならないだろうと思っていたのだ。
しかしリンは違った。
6才にして外科手術のあらゆる知識を吸収していった。
その姿は、子供の頃のローを思い出す。
そしてここまで物覚えがいいと教えるほうも楽しいので、ローも何時しか真剣に教えるようになったのだ。
因みに妖精から貰った本は、何時か娘にあげるために最近色々書き始めたとか。
何だかんだで娘に甘いローであった。
「縫合の練習はお父さんですればいいの?」
「……生きてる人間でするわけねぇだろ。今度それ専用のパッドを持ってきてやるからそれでしろ。それなら切開の練習もできるしな」
「…お父さんじゃダメなの?痛いの嫌い?」
「そういう問題じゃねぇよ」
さり気に父を犠牲にしようとするリンは、やはり何時ものリンだった。
真剣に聞いているかと思えば、偶に恐ろしいことを言ってくるので油断できない。
ローは娘の成長を楽しむ反面、何時しか立場が逆転したときにどうなるか心配だった。
頼むから寝てる間に勝手に人体実験とかしないでほしい。
ローは楽しそうに図解を見ながらデッサンをしている娘に、そっとため息を吐いたのだった。