第1章 外科医:瀬見英太
湯上がりに頭にタオルを巻いて、部屋着で瀬見の待つリビングへ来た羽音は、冷蔵庫からジュースを取りだし、彼の隣に座った。
「お疲れ様」
スマホの画面を面倒そうに見つめたまま、小さく頷いた瀬見は短めの文を1つ送信してそれをテーブルに置いた。
羽音が飲んでいたジュースを取り上げ口にする瀬見。
彼の肩に凭れた羽音は、そっと目を閉じた。
「今日は帰ってこないかと思った」
「明日、当直だし。今日は第二外科が当番だから早めに上がれた」
瀬見が羽音の肩を抱き引き寄せたところに、再び彼のスマホが震える。
小さなため息をついて、チュッと軽めのキスを送ると瀬見はスマホを取り画面を開いた。
その間、彼のポケットから覗いていた絹糸に気づいた羽音は、それを引っ張りあげ、途中まで結び上げられた綺麗に揃った糸目を見て感嘆の声をあげた。
「何本目?」
「今日はもうノルマ終わった」
返信を打ちながら、瀬見はチラリと羽音の方を見る。
「ほどくなよ!」
「ほどけないでしょ!!」
これだけ綺麗に結ばれているのだから、ほどけるはずがない…
「瀬見先生、絹糸好きだよね」
「仕事以外は英太って呼べよ」
「仕事中間違えたら嫌じゃん…」
顔を赤くしている羽音を不満げな顔で見て、彼女が持っていた糸を取ると、その並んだ結び目を確かめるかのように指でなぞった。
「牛島先生が、練習は絹糸の方がいいってさ…あの人の結紮きれいじゃん、憧れる」
「確かに、見れば誰が縫ったか大体分かるね~」
「マジで?」
「牛島先生の創部は、もちろん綺麗だし観察しやすいから、すぐ分かる」
ちょっと悔しそうな顔をしている先生の身体に腕を回した羽音は、彼がメールの返信を終えるのを待つ。
「何だよ」
「んっ?充電…」
目を閉じた羽音は、ほんのり香るホルマリンの匂いにクスッと笑った。