第1章 外科医:瀬見英太
その後の仕事はスムーズに進み、いつもより少しだけ早い帰宅をする事ができた。
せっかく早く終わったのだからと彼女に電話をしてみるが出る気配がない。
夜勤明けといえどもすでに夜7時を回っているのに、まだ寝ているのだろうか?
仕方なくそのまま家に向かい玄関を開けると揃えられた彼女の靴。
「何だよ、いるのかよ…」
電話に出なかったくせにと思いながら家の中に入っていけば、浴室に人の気配があった。
瀬見は、鞄をリビングに放り投げて浴室へ向かう。
「ただいま~」
シャワーの音がする浴室へ向かって帰宅を示すと、中から扉が開き羽音が顔だけ外へ覗かせた。
「おかえりっ」
元気よく笑顔を向けてくれた羽音に瀬見は思わずキスをする。
「電話出ろよ」
「お風呂中。さっきまで寝てた」
「寝過ぎ…」
そんな会話をしてから、瀬見はリビングに戻った。
さっきまで寝ていたと言っていた羽音だが、中途半端にしてあった洗濯物は干され、シンクに溜めてあった洗い物は綺麗に済んでいる。
昨夜、一人で散らかした資料類もきちんと揃えられて掃除されていた。
恐らく夜勤明けで片づけをしてくれたのだろう。
それから寝たのなら、先ほどまで寝ていたというのも分からなくもない。
彼女の自宅は一駅向こうのアパートである。瀬見の住む病院近くのマンションに一緒に住まないかと提案したこともあったが、こんな高級なところに居候は申し訳ないと言われたのだ。
しかし、合鍵は渡してあるため夜勤や残業で疲れた時は休みに来るし、瀬見が多忙を極めているときにもこうして家事を手伝いに来てくれている。
やっぱり一緒に住めばいいのにと、頭のどこかで考えてしまう。
上着をハンガーに掛けて、腰を下ろした瀬見は五色から送られてきていたメールに目を通しながら羽音を待った。