第1章 外科医:瀬見英太
間もなくして、勢いよく放射線科の扉が開かれた。
「瀬見先生っ!」
入ってきたのは噂の五色先生。
天童が人差し指を立てて『シ~』と言いながら赤葦の方を見ると怪訝な表情で五色を見ている彼の姿。
赤葦はプリンターから出てきた印刷物の束を手に取り、確認を終えるとかけていたメガネを外して瀬見と五色に目をやる。
「俺は、木兎先生の所に行くのでごゆっくり」
そう告げて部屋を出て行った。
「嫌味…」
「お前も、木兎先生に嫌味言うじゃん」
ぼそりと呟いた天童に突っ込む瀬見。
「全然効果ないんだけどね」
いつでも前向きな木兎は天童の嫌味などほとんど聞いていないようだ。
それを見てほくそ笑む赤葦の顔を思い出すと更に悔しさが増すというものだ。
「っで、工くんは何しに来たの?」
天童に言われるまで黙っていた五色は、瀬見の隣に陣取ると話を始めた。
「瀬見先生、検査の指示入力のタイミングと方法教えてほしいのと、手術の申し込みの流れを覚えておけと牛島先生に言われました。それから外科の看護師さんたちが…」
「いっぺんに言うな」
話が止まらなそうなので一旦口を止めさせた瀬見は、仕方なく立ち上がり時計を見やる。
そしてポケットから1本の白い絹糸を五色に向かって垂れ降ろした。
「これ、1本結び終わったら教えてやるから、結び終わったら医局来いよ」
外科医が糸を結ぶ練習をするのは当たり前の話であるが、瀬見は牛島が研修医時代1日に30本近く結んでいたと話を聞いた。自分は多くて10本が精いっぱいだろう。一日中結んでいるだけならできるだろうが、自分達には仕事もある。
彼の素質と努力は見習って悪いものではないし、いつか超えたいと思っていた。
もちろん目の前にいる研修医も彼を超えたいと思っているに違いない。
瀬見から絹糸を受け取った五色は素直に返事を返すと糸結びの練習を始めた。
「ここでやっていくの?」
天童が呆れた声で呟くが、瀬見は笑って手を振って放射線科を後にした。
そろそろ牛島が外来業務を終えて医局に戻ってくる頃だ。
次の仕事の準備をしなくてはならない。
白衣のポケットにもう一度手を突っ込んだ瀬見は、新しい絹糸をネームタグに結び付けて、歩きながらも再び糸結びを始めた。