第5章 麻酔科医:白布賢二郎
怒涛の業務が押し寄せる金曜日。
午前中の外来が終わった後も手術仕様の書類の確認や会計の監査作業、入院案内の作成のど仕事はたくさんある。
間もなく就業時間になるのを確認した羽音は、各診療室の整理整頓や掃除、来週の診察に向けての下準備を整えていた。
「やっぱりここにいた」
第二診療室に入ってきたのは、仕事を終えて来た白布先生だ。
「お疲れ様です」
と言いながら、書類棚の在庫確認を終える。
しかし、ここにいたとは?ここ以外に私の仕事場所は特にない。時々は別部署へ助っ人に行くこともあるが、基本的にはここのが担当科なのだから。
不意に独特の香りが自分を包む。背後から白布先生に抱きしめられている事に気付いて、驚いた。
真面目で通っている白布先生が、診察室でこんなことをするなんてと反応に困っていると、クスッと笑う声が耳に入る。
「羽音、お前本当にかわいいな」
耳の裏や首筋に彼からのキスが送られる。嬉しいようなくすぐったいような…けれどもこんな場所でという理性がぶつかった。
「白布先生っ……」
小さな声で彼の名前を呼べば、再びクスッと笑う彼の声。
そして背後から伸びてきた手は私の胸を掬った。
「どうしたんですか?」
思わずそう声に出してみるが「んっ?別に何も?」と答えながら行為はどんどんエスカレートしていく。
熱が上がっていき、呼吸が乱れ思わずあげそうになる声を堪えるのが精いっぱいだった。
いつもならこんな所でこんな事しないはずの彼が一体どうしたのだろかと不安すら感じてしまう。
「んっ……」
零れた声を白布先生の手が塞いだと同時に、足音が近づいてきた。
診察室の前で止まった足音は、遠慮がちにされたノックによって木葉先生だと分かる。
「白布先生、いる?」
「……えぇ、いますよ」
「ちょっといいか?」
少し間を置いて、白布先生が「どうぞ」と答え、ゆっくりとドアが開く、その隙に私は衣服を整えて後ろを向いた。
「あら、お邪魔だった?」
ふざけた口調でそう言う木葉先生とは反対に、いつも通り真面目な顔で応える白布先生。私の心臓は今にも飛び出してしまいそうだ。
先ほどまで触られていた胸や身体がとても熱くて、木葉先生と白布先生が何を話していたかなんて全く耳に入ってこなかった。