第5章 麻酔科医:白布賢二郎
とりあえず必死。
それが金曜日の羽音である。
「ねぇ」
第二診療室から声がかかった。白布先生だ。
「はい」と返事をしてパソコンの前から立ち上がり、第二診療室に顔を出すと、患者に渡されていた書類の様式が間違っていると言う話。
もちろん手渡したのは私ではない、当該科の事務員である。
しかしながら団体責任……。
「すぐに新しいもの用意してきます」
笑顔を向けて自分の席へと戻った。
別に白布先生は怒っているわけでもないし、患者様も笑顔を返してくれた……けど、凹む。
またため息をついて新しい書類を作った。これで会計作業がまた送れるのは間違いない。
「羽音ちゃ~ん、朱肉新しいのある?」
第一診療室から古い朱肉に印鑑をポンポン載せてこちらに歩いてくるのは木葉先生だ。
引き出しから新しい朱肉を取り出して木葉先生に手渡す。
「ったく、木兎の書類いつもハンコ押してねぇんだよ。なんで俺が木兎のハンコ押さなきゃならないと思う?」
そんなことを言いながら新しい朱肉に付けている印鑑は木兎先生の物だ。
「あら、羽音ちゃん、顔が情けなくなってるよ?」
木葉先生は、朱肉の代わりにとチョコレートを一粒くれた。
木兎先生のチームの人はいつも何かお菓子を持っている気がする……。先日は赤葦君におせんべいを頂いた。
「ちょっと俺、休憩するわ」
手をひらひらさせながら診察室に入って良く木葉先生。たぶん、私が追い付いていないのに気づいてくれたらしい。
「木葉先生、こいつ甘やかさないでください。それでできたのか、書類!」
待ちきれなくなったのか白布先生も木葉先生と入れ違いに外に出てくる。
木葉先生の診療室の前でそんなことを言っていた。
「白布君こそ、もっと彼女ちゃんに優しくしないとダメでしょ」
お茶を啜る音がしていることに何故だかホッと一息ついた気分になる。
木葉先生の言葉にイラッとした表情を見せた白布先生は私の元まで歩いてくると手に持っていた書類を取った。
「お前の能力なら俺が一番知ってる」
耳元で囁かれて顔が赤くなる。患者さんに見られたら困るのに……ドキッとしてしまう……白布先生は大好きな彼氏なのだ。
「……頑張ります」
小さなけで応えてはみたものの不安…。
第一診療室から冷やかしの声が聞こえた気もしたがとりあえずスルーした。