第2章 精神科医:黒尾鉄朗
スタットコールからの緊急オペに駆り出された黒尾は、親友の木兎の頼みなら仕方ないと、自宅に戻っていたものの5分とかからず病院へ戻っていた。
赤葦の話によれば麻酔科医の手が足らないという話だった。昔取った杵柄というのだろう…黒尾は精神科に入る前は有能な麻酔科医だったのだ。
それはさておき、事故があったのは知っていたものの病院内がこんなことになっているとは思っていなかったので正直驚いたのが事実だ。
私服で手術室に入るのは気持ちが落ち着かなかった為、昔使っていたスクラブに袖を通した自分の姿がなんだか可笑しくて、鼻で一笑いして久しぶりの戦場へ赴く。
院内屈指の外科医と心臓外科医が立ち並ぶオペ室は異様というのが正しかったが、今自分の仕事を全うすることが木兎への友情とも感じ得ており、黒尾は自分に課せられた仕事に集中した。
手術も無事に終わり、安堵のため息をつき木兎と赤葦と共に手術室から出て行くと、見慣れた看護師が目の前に現れた。
恐らく、彼女も救命センターで働いてきたところだろう。
牧森羽音。
黒尾が今一番気になる彼女である。
木兎がふざけて『彼女』か?などと聞くものだから、さすがの黒尾も内心焦っていた。自分がどんなに思っていようとも彼女にその意思がないのであれば、それはただの片思いである。
届かぬ想いに小さなため息をついて、彼女に一つだけ頼みごとをした黒尾は、羽音を見送ると木兎たちと共に外来へ向かったのだった。
外来へ向かう途中で木兎は自室へ戻ると言い彼らと別れる。
身も心も疲れ切ってしまったと、黒尾も外来の自分の診療室へ入ると大きめの椅子に腰を掛けて今度は大きなため息をついた。
そして、目を閉じて大きく息を吸う。
吸い込んだ空気が肺の中へ入る感覚が心地よい。
しばらくして、ノックされた扉に笑顔を向けた彼は夜の来客を快く出迎えたのだった。