第2章 精神科医:黒尾鉄朗
自分の業務を終えて帰り支度をしようとした時、聞きなれないアラーム音が病棟内に鳴り響く。
「えっ?」
「スタットコール?」
棟内に残っていたスタッフが、一斉に伝達パネルを見たと同時に、入院中の患者が音に驚き騒ぎ出さないかと不安が過る。
羽音自身も自分の業務が終わっていた為、救命センターへと急いだ。
人のごった返す救命フロアで、様々なスタッフたちが行きかっていて、近場の環状線で大きな事故があったのだと同期の看護師が教えてくれた。
普段、救命の仕事に慣れていないせいもあり軽症患者の手当てに当たっていた羽音も、患者の人数が少なる頃にはかなり疲弊していた。
「そろそろ、大丈夫だから上がって」
救命センターの師長からそう声を掛けられ、羽音は消毒液の片づけをすると病棟に戻る。
途中、手術室の前に差し掛かった時ストレッチャーに乗せられた患者が運ばれているのにすれ違った。
ストレッチャーを押していたのは手術室でも有能と言われる外科チームの看護師で、ああいう人たちはかっこいいけど、自分とは違う種類の看護師なのだろうと考える。
自分は自分のペースでと心の病と闘う人と向き合っている方があっているかもしれない。
ストレッチャーを見送って足を進めれば、聞き覚えのある声にそちらへ顔を向けた。
黒尾先生だ…。
隣に立つのは、病院でも有名な心臓血管外科医の木兎先生で、視線が合ったのでとりあえず頭を下げてみる。
「お疲れ~」
軽い感じで手を上げて挨拶をしてきた黒尾は、いつもの白い長白衣ではなく濃赤色のスクラブを着ていて、いつもと違う彼の装いに思わず顔を赤らめてしまった。
「何?黒尾の彼女?」
「木兎先生っ!」
突然、声を掛けてきた木兎に驚いていると、その背後から黒髪のスタッフが木兎を咎めた。
「ちげぇよ、精神科のスタッフ」
黒尾は頭を掻きながら小さなため息をついた。
「お前も手伝ってたんだろ?」
「はい、もう上がっていいと言われて…病棟に戻ります」
「マジ?悪いんだけどさ。病棟戻ったら俺のレターケースから検査結果の資料入った茶封筒持ってきてもらえる?外来にいるから」
突然の依頼はちょっとだけ嬉しくて、ひとつだけ頷いて病棟へ戻った。