第3章 彼side
お母さん、お母さん、
ハッ、女のため息で我に返る。
この女は、素直で聞き分けがいい。そして全てを見透かすような澄んだ瞳、めちゃくちゃにしたくなるようなあどけない顔。こんな形で出会わなければ、ちがう感情を抱いていたかもしれない。
こいつの瞳を見ていると、こっちまで素直になっちまう。怖がらせなくちゃいけねーのに、何やってんだ俺。同情なんかされたくない、どうせ思ってもねーこと口にしだすんだろ。あの時のように。忘れたくても忘れられないこの記憶。また頭の中でぐるぐるまわりだす。
俺の母親は、このホームで突き落とされて死んだ。俺は小さいながらも女が母さんの背中を押したシーンを覚えている。だけど、みんな自殺だって言ったんだ。俺の言葉なんて、誰も聞いてくれはしなかった。かわいそうだね、大丈夫だから、そんな言葉が聞きたいんじゃない。母さんは自殺じゃないんだ、どうして誰も信じてくれないんだ。
警察は信じてくれない、俺は泣きながら駅員のところにもう一度話しにいった。駅員は優しく聞いてくれた。力になると言ってくれた。俺は安心して、帰ろうとしたんだ、母さんにもらったお守りを忘れたことに気づかなければ、こんな現実を知りはしなかった。
駅員が話をしているのを聞いてしまった。俺らにとっちゃ自殺でも他殺でも、どうだっていい。ほんと、迷惑してんだよ。
そうか。この世界はこんなにも冷たい世界だったんだ。だから母さんは死んだんだ。
なるほどな、駅で人が死んだら迷惑なんだな。 じゃ俺が駅で人を殺せば、あいつらは困るってわけか。
俺の心からツーっと何かがなくなっていく音がした。
あれから10年、待ちに待ったこの日がやってきた。今日は母さんの命日である。そしてあの時の駅員が働いている、そして何より今の俺には、人を殺せるだけの力がある。度胸なら、あの日から持ち合わせているが。必ずうまくいく。この日をどれだけ待ち望んだことか。