Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第1章 その日
「ぁ……あぁ……」
全身から力が抜けるように、エミリはその場にガクリと膝を付いた。
信じられなかった。
信じたくなかった。
「かあ、さん……」
もう、母さんとは会えない……
その事実がエミリに重くのしかかった。
母さんと一緒に並んでご飯を作って、父さんとエレンとミカサと五人で楽しくお喋りしながら食事をして、父さんから医学の話をしてもらって、寝る前は母さんに友人のおかしな話をして笑い合って、エレンとミカサと同じ部屋で眠って……
そんな、温かい日常はもう、来ない。
もう、あの頃には戻れない。
「……エミリ、行くぞ」
ハンネスの弱々しい声がエミリの意識を引き戻す。
破壊された穴からはどんどん巨人が侵入している。このままその場にいては、巨人の餌になるだけだ。
エミリはいつもよりも重く感じる身体で立ち上がり、フラフラした足取りでハンネスの後を追った。
「もう少しで母さんを助けられたのに!! 余計なことすんじゃねぇよ!!」
ぼんやりとした意識の中、エレンの騒ぐ声が聞こえた。
エレンのことだ。母さんを助けようとしたところをハンネスさんに止められたんだろう。
エミリはミカサの隣にしゃがみ、ハンネスに殴りかかろうとするエレンを眺める。
「お前の母さんを助けられなかったのは…お前に力が無かったからだ……」
私にも無かった。
「俺が……! 巨人に立ち向かわなかったのは…俺に勇気が無かったからだ……」
「……!!」
ハンネスは再び殴りかかろうとするエレンの肩を掴み、エレン達と、そして、自分にも語りかけるように涙を流しながら言った。
「すまない……」
「………うぅ」
ハンネスはエレンの腕を引く。
「すまない……」
反対側の手で、ミカサの腕を引く。
「……あぁ。また、これか……」
ミカサは頭を抑た。彼女は一年ほど前に両親を目の前で殺されている。その時のことでも思い出したのだろう。
エミリはそっと、ミカサの背中に手を置いた。
(……バカ、みたい)
灰色の空を見上げながら、エミリはフッと自嘲した。