Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第22章 「母さん……」
カラン、カラン……
研究員の遺体を眺めるエミリの手から、ナイフが落ちる。無機質な音が、とても冷たく感じられた。
激しく動く心臓。額から冷や汗が流れ、頬を伝う。
取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感が、エミリを襲っていた。
「…………エミリ」
呆然と立ち尽くしたまま絶望的な表情を見せるエミリを、地面に手を付きながら不安げに見つめるのは、まだ薬に縛り付けられているリヴァイ。
何となく、こうなるのではないかと予想はしていた。しかし、本当に最悪の方向へ事が進むとは思っていなかった。
初めて、リヴァイが人を殺めたのはいつだったか。エミリよりもまだ幼かったはずだ。
生まれて初めて人に刃を振り下ろした時、言いようのない恐怖や焦り、後味の悪さ……様々なものが一気に心を追い詰めた。
しかし、あの頃は殺しに対して割り切っていた自分がいた。それは、地下街という場所がそうさせていた。
だが、エミリは違う。陽の下で生き、殺しと全く正反対の技術や知識を得て人生を歩んできた彼女にとって、人を殺すと言うことがどれほど罪であるか。
(クソっ……)
殺し
それを彼女に背負わせたくなどなかった。手を汚させるくらいなら、これまでそうして生きてきた自分がすべきだった。
何のためにここにいるのか。自分の無力さにリヴァイは、唇を噛む。
「フッ……ハハハ! どこまでも、君は……僕の邪魔をしてくれるね」
そうして再び狂ったように笑い声を上げるオドの姿にも目もくれず、エミリは同じ方向を向いたまま微動だにしない。
そんな彼女の様子にオドは、鼻で笑って続ける。
「これが現実だ。結局、君の考えは綺麗事でしかないんだよ。現に、君は今その子どもを助けるために、人間の命を奪った」
容赦のない言葉が、エミリの心を抉る。
反論などできるはずもなく、悔しげに拳を握りただ彼の言葉を耳に入れることしかできなかった。
「よく偉そうに言えたものだね。その神経、僕も見習わなくちゃいけないな。さて……」
エミリの元へ歩み寄りながら、彼女を罵倒するだけした後オドは笑みを消す。
そして、エミリの足元に転がっているナイフを持ち上げ、エミリの首へと刃を当てた。