Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第22章 「母さん……」
ドクン……
大きく脈打つ鼓動。
それを感じた直後、体から痺れが消え去った。本来であれば、薬の効果はまだ持続しているはずなのに、何故だろう。
しかし、そんな疑問もすぐに吹き飛ぶ。
エミリはナイフを握り締め、足を踏み出した。
命令通りに動く体。痺れなど全く感じられなかった。
勢いをつけ、走る速度を早め、ルルとの約束を果たすために地面を蹴る。
「ルルを……離せぇぇ!!」
響き渡るエミリの叫びと足音。それを耳にしたオドは、エミリの方へ視線を動かし、目を見開く。
薬の効果が切れるには、あまりにも早すぎる。一体どうやって動いているのか。
唖然とするオドの隣で、研究員が慌てて懐から銃を取り出す。それは、さっきリヴァイに向けて使用したものだ。
それを瞬時に察したエミリは、相手が引き金を引く前に……
「うああああああ!!」
ザッ……
震える手で、研究員の胸に刃を突きつけた。
巨人とは違う肉の感触と傷口から自身の顔へ飛び散った血飛沫に、エミリは息を止めて体を強ばらせる。
「ガッ……!」
研究員の口から吐き出された鮮血が、エミリの頭上へ降り注ぐ。
途端に漂う血の匂いに目を背けたくなるのを必死に堪え、ナイフを抜いた。
「うっ、あ……」
ルルを抱えていた研究員は、痛みからルルを地面へ手放し、空いた手を胸に当てて悶えている。
その光景に息苦しさを感じながらも、反対に自業自得だと主張する冷静な自分に恐怖を感じた。
よろめきながら、研究員はとうとう壁に背を預けて倒れ込む。
口と心臓から赤い液体を垂れ流した状態で、見開かれたままの瞳には、光が宿っていない。
彼が動くことは、もう二度となかった。
「……あ、」
初めて、人を殺めた。
殺してしまった。
その事実にエミリの視界が真っ暗になる。
(…………わたしが……うばったんだ)
彼の命も、未来も……
そうするしかなかった。
そうしなければ、ルルを助けることができなかった。
しかし、それはただの言い訳。
彼が、エミリの手によって死に至った事実に変わりはない。
今日、この瞬間、エミリの手は汚れてしまった。