Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第22章 「母さん……」
オドが攻撃を止めた頃、エミリは視覚までもが麻痺していた。
真っ暗な底なしの闇へ沈んで行くような感覚から、生気さえ吸い取られているようにも感じる。
(……………………なにも……見え、ない……)
体が痺れる感覚。踏みつけられた顔はジンジンと痛み続け、口には手袋が詰め込まれたまま。
ぼんやりとした頭にあるのは、今の自分の姿。とても哀れな姿をしているのだろうと、想像がつく。
「…………ンん、ガッ……」
口内に詰め込まれた手袋を吐き出したくて、エミリは喉を動かし口を開く。しかし、思うように力が出ない。
呼吸が苦しくなっていく中、再び背中に衝撃が走った。
オドが、エミリの背中を蹴りつけたのだ。その反動で、口内に詰め込まれた手袋が吐き出される。
そのままエミリは、鬱向けの体制へと戻った。
「これくらい痛めつければ、十分かな」
悪魔の囁きが聞こえるも、それに反抗する気力さえ持ち合わせていなかった。
地面に顔を伏せたまま、遠ざかって行く足音をただ聞いていることしかできない。
指一本、動かすこともままならない状態で、エミリは静かに瞼を閉じた。
「────っ、…………────。」
閉ざされたと思われた意識。そこに小さな声が、微かに響く。
(…………だれ?)
誰かに呼ばれているような気がする。しかし、エミリを呼び掛ける声が、誰のものかはっきりとはわからない。
「……ぅ、……ひっ……」
次に聞こえたのは、啜り泣く声だ。
小さな女の子が、泣いている声。
「…………た、けて……」
啜り泣く声が、はっきりとした言葉へと変わる。
「たす、けて……」
この声を、エミリは知っている。
(ル、ル……?)
再び浮上していく意識の中に、ぼんやりと現れるのは、自分が助けると約束したルルの姿。
「………………ルル…………」
音にならない声は、空気となって吐き出されただけだった。それは、誰にも届かない。
しかし、ルルは感じたのかもしれない。
「……たすけて…………おか、さん……」
まるで、エミリの呼びかけに応えるかのように絞り出された、ルルの精一杯の懇願の声。
それは、立ち上がる気力を失ったエミリの心を、一直線に貫いた。