Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第22章 「母さん……」
『エミリちゃんって、なんか変わってるね』
突然、脳内に響いたルルとは違う別の声。
聞き覚えのある言葉にエミリは、閉じていた瞼を僅かに開く。
『女の子は、もっと"つつましく"しなくちゃダメなんだよ』
『私もおかあさんにそう言われたよ? エミリちゃんはそうじゃないの?』
増えていく声に少々困惑するも、これが、幼い頃の自分に向けられた言葉であることを思い出す。
不思議そうな顔で言葉を掛ける数人の女の子たちの前には、どこかでケンカでもしてきたのか、傷だらけの顔をした幼い自分の姿があった。
『エミリちゃん、なんか男の子みたいなことしてて変なの〜』
純粋な時期だからこそ、正直に告げられる本心は、幼いエミリの心を容易く傷つける。
それでも昔から意地っ張りなエミリは、"泣く"という行為を人に見せない。
エミリの前から走り去って行く女の子たち。ひとりぼっちになったエミリは、近くの小石を蹴飛ばし顔を俯かせていた。
(…………なんで、今になって……こんなこと)
ひとりぼっちだった寂しい自分の姿など、こんな時に思い出して何になるのか。
疑問符が次々と浮かぶ中、また誰かの声が脳内に響いた。
『エレンを……エレンをいじめないで!!』
これは、わたし……?
額に大きなタンコブを作ったボロボロな弟を守るために、両腕を広げて数人のいじめっ子に立ち向かう、幼い自分の姿が見えた。
エレンを異端者呼ばわりしていたいじめっ子たちは、エミリに思い切り平手打ちやら拳を入れられ、涙目になりながら真っ赤な頬を摩っている。
『……お、男より強いとか……こいつほんとに女かよ……』
『ほんとは男なんじゃねーの?』
『……うるさいうるさい!! どっか行け! あっち行け!!
またエレンのこと傷つけたら、もっと痛い目に合わせてやる!!』
『怖ぇっ……もう行こーぜ』
エミリを奇妙な目で見ながら、いじめっ子たちは逃げるように去って行った。
取り残されたエミリは、泥だらけになったエレンの顔をハンカチで拭き取った後、小さな手を取り家に向って歩き始める。
そんなエミリの目から、一粒の雫がはらりと落ちた。