Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第22章 「母さん……」
「僕はね、綺麗事っていうものが大嫌いなんだ」
冷たく低い声と共に発せられた言葉は、エミリの全身にゾワリと鳥肌を立たせる。
綺麗事、それが心底嫌いなのか、オドの瞳は氷のように冷めきっていた。
「何も失わずに得られるものがあると、君は本当に思っているのかい?」
「えっ」
「成功は、犠牲が伴ってこそある」
オドが何を言っているのか、ついていくのが精一杯だった。
少しずつ、正常に動き始めた頭でオドの言葉を理解していく。そして、彼に対する回答はただ一つ。
「……何かを成し得るために、犠牲が必要だっていうのなら…………私は、違うと思う」
一つのものを手にするため、その代償として多くを失えばいいなどというそのような理屈は、あまりにも惨いものでは無いのだろうか。
それで何かを得たとしても、心には虚しさが残るだけなのではないだろうか。
彼が、あのような考えでルルたち地下街の子どもを陥れたのだとすれば、それは決して良い結果が残るとは思えない。
「それだよ」
「……?」
「僕は、そういう考えが嫌いで嫌いで仕方が無いのさ」
蔑むような瞳で見下ろすオドの眼差しに、エミリの中に少しの恐怖心が生まれる。
オドという人間を相手にするのは、かなり危ないと危険信号が出ていた。
「君らだって同じだろう?」
「えっ……同じって」
「人類のため、自由を取り戻すため、巨人の謎を解き明かすため、何十……何百の犠牲を伴って、壁外調査へ出向いているじゃないか」
「……あ、」
突きつけられたオドの言葉に、エミリは何も言い返すことができなかった。
彼の言葉は正論だったからである。
人類が巨人の脅威から解き放たれるためと、調査兵団は巨人に立ち向かう。
それでも情報など得られず、兵士たちの命は儚くも散って行く。帰還すれば、民衆からの蔑んだ瞳と罵声の嵐。
多くの犠牲を経て、何かを得るどころか何も得られてなどいない。仲間の命と民からの信頼、それが失われていくばかりであるのが現状だ。
そしてその悲惨さは、もう何十年も前から歴史として繰り返されている。
偉そうにオドを咎める立場ではないのだと、突きつけられた。