Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第19章 贈り物
コンコンコン
研究室に響き渡るノックの音に反応し、姿勢を再び正したファティマは、入室の許可を出した。
「失礼します」
扉を開けたのは、ファティマの秘書だ。
脇に分厚い資料の束を抱え、ファティマの元へ歩み寄りそれを差し出す。
「午後のスケジュールと、指示された資料をお持ち致しました」
「ありがとう」
秘書からそれを受け取り、眼鏡を掛け直してスケジュールへ目を通す。
そんな自分の上司の顔を、険しい表情で凝視していると、ファティマの視線が紙から秘書へ戻った。
「私に何か聞きたいことがあるんじゃないかしら?」
部下の疑問を察したファティマの問いかけ。秘書は、ゴクリと喉を鳴らし、おずおずと口を開いた。
「何故、彼女……エミリにこの薬について講義したのですか?」
ヒラリ、という紙が靡く音を鳴らし、ファティマの前へそれを突き出す。
そこに記されているのは、これまでのエミリの授業内容の一部である。
エミリの授業内容やスケジュールの管理も秘書に一任されているため、秘書もエミリが何について教わっているのかを知ることが出来る。
そこで、一つの大きな疑問が生じた。だから、今こうしてファティマに問い詰めているのだ。
「…………ファティマ先生、貴女はとても聡明なお方です。ですから、何か考えがあるということは理解しております。
だけど、何故これをあの子に教える必要があるのです!? これはっ……」
秘書は、そこで口を噤む。
そして、もう一度声を張り上げた。
「これは、身につけさせるべきではない……いえ、身につけさせてはならない知識なんですよ!?」
秘書が一番に言いたかったことがそれである。
彼女の主張に一度瞼を閉じたファティマは、椅子から立ち上がり窓の方へ移動する。
そんな彼女の瞳に映るのは、元気よく門を出て行く教え子の姿があった。
「あの子には、いつか必ず必要になるからよ」
「だとしても、早すぎます」
「早くなければならないのよ。あの子のためにも……」
「…………先生……」
何故、そこまでこだわる必要があるのか。秘書には、それがこの時全くわからなかった。
そう、この時、既に始まっていたのかもしれない。エミリがこれから直面するであろう、大きな試練が……────