Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第18章 分かれ道
日が沈み、空はもう茜色ですらなくなっていた。そんな空の下、調査兵団の正門前には、一台の馬車が停車している。
馬車の持ち主を扉の前で待っていた御者は、正門に向かって足を進める集団の中に主であるファティマの姿を捉え、馬車の扉を開けた。
「今日は、突然の来訪とお話、申し訳ありませんでした」
馬車に乗り込む前に見送りで着いてきたエルヴィンとリヴァイ、ハンジに対して優雅に頭を下げる。
「いえ、気になさないで下さい」
「ありがとう。……では、あの子がこちらへ来ることを選んだ場合、先程話した通り、調査兵団の援助はきっちりとさせて頂きます」
「……はい」
エミリが去った後、団長室で交わされたファティマとエルヴィンの交渉。
ファティマが提示した案は、エミリと引き換えに調査兵団に資金援助をすることだった。
片方だけにメリットがあるのは不公平だと考えたファティマの提案を、エルヴィンは受け入れたのだ。
「しかし、この交渉は破棄されることになるでしょう」
おそらく、ではない。エミリが調査兵団に残る未来を、エルヴィンは断言できた。
「……何故、そう言い切れます?」
「彼女がこの調査兵団にどれだけ尽くしているかを知っているからです」
再び薬剤師を目指そうとした理由は、エミリが調査兵団に居るからこそ生きている。
兵士でなくても薬剤師などなれる。けれど、エミリが本当になりたい薬剤師は、兵士としてなのだ。
そして何よりエミリは、仲間を残して調査兵団を去ることを、誠実な彼女は望まないだろう。
「随分と自信がおありですのね」
「はっ……アンタこそ、アイツを何も知らねぇ癖して、アイツが兵士を辞めるだなんて自信がよく持てるな」
「確かに」
リヴァイが鋭い睨みを効かせても、ファティマは余裕の笑みを崩さない。
本当にエミリが兵士を続けると答えを出したら、それも崩れるのだろうか。
「さて、私はこれで…………あら?」
馬車に乗り込もうとしたファティマの瞳に映ったもの。それは、こちらに向かって全速力で駆けてくるエミリの姿だった。