Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第16章 欠落
声の主は、料理屋の女性店員だった。彼女の視線の先には、三人の男たちが走っている。
この様子だと食い逃げでもしたのだろう。
周りを見渡すが、憲兵団は見当たらない。行くしかないかとエミリが走り出そうとした時、何かがエミリの真横を横切った。
「待て! お前ら!!」
「え」
聞き覚えのありすぎる声。
一瞬、驚いて頭が働かなかったエミリだが、一度瞬きをして、どんどん小さくなっていくその背中を凝視する。
「…………エレン!?」
見間違えるはずがない。その後ろ姿は、愛する弟のものだった。
何でエレンがここにいるのかと少しだけ頭が混乱しているが、とにかく追いかけようとエミリは走り出した。
エレンに気を取られ遅れて後を追い出したため、なかなか距離が縮まらない。
しかし、これが夏でなくて良かったと改めて思う。これがもし、寒さではなく暑さだったら、きっとバテて追いつくことなど不可能だっただろう。
逃亡している三人の男の内一人が、後ろからエレンに羽交い締めにされて動けずにいる。それを見た別の一人がエレンに殴りかかろうとするも、エレンは上手くそれをかわし、二人目の男も投げ飛ばしてしまう。
(へぇ……ちゃんと強くなってるじゃない)
小さい頃、町のガキ大将らと喧嘩をした時は、いつもやられっぱなしだった弟。
それが、自分よりも年上の男性を身につけた対人格闘術を駆使して対応できている。
成長したものだと弟の姿に頬が緩みそうになった。が、今はそんなことを考えている場合ではない。三人の男を捕らえるのが先だ。
エレンが対応できているのは二人だけ。もう一人いたはずだが、彼らの近くに姿が見当たらない。
注意深く辺りを見渡すと、エレンの背後に置かれている箱に人が隠れているのを見つけた。
おそらく彼が三人目だろう。しかも、手には木の棒を持っている。
(……まずい!!)
男は、物陰から飛び出しエレンに向けて棒を振り上げた。
「っ!?」
エレンがその気配に反応し、後ろを振り向いた時には既に棒が振り下ろされそうだった。しかし、
「グフッ……!」
エミリの蹴りが男の顔面に直撃し、それがエレンに当たることはなかった。