Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第16章 欠落
「……勉強は、いつから始めたの?」
「えっと、今年の7月くらいからです……」
「え、7月?」
勉強の期間があまりにも短すぎる。
普通に薬剤師を目指す者であれば、ギリギリ間に合う者もいるだろう。しかし、エミリには兵士としての訓練もあるはずだ。
時間が無いというのに、それで試験を受けるつもりなのか。
「わかっているんです! 時間が無いということは……でも私は、少しでも早く資格を得て、皆の役に立ちたいって思ったんです!!」
ファティマの考えを察したエミリが、戸惑いながらも自分の気持ちを言葉にしていく。そんな彼女の表情には、焦りが表れていた。
「そのために、この問題集を買おうとしたの?」
「はい。実技試験も入るので、高い技術や知識も身につけないと、と思いまして……」
エミリの目は本気だった。
お遊びや中途半端な気持ちで勉強しているのではないということが、彼女の目を見るだけで伝わってくる。
「……確かに、貴女の熱意は立派なものだわ。とても素敵だし、貴女のような人に薬剤師になってもらいたいと思う」
ファティマの周りには、薬剤師をただの金儲けのための職業としか思っていない者が多い。それは薬剤師だけに限らず、医者も同様である。
そのような富に溺れている人間は、金のある貴族しか相手にせず、貧しい者たちには手を差し伸べようとしない。
だからエミリのように、誰かを思いやって薬剤師を目指す人材が、今の医療界には必要なのだ。しかし、
「……けど、今のままでは、貴女は薬剤師にはなれない」
「え」
思いもよらぬファティマの発言に、エミリは言葉を失った。どう反応を示せばいいのかわからず、ただじっと彼女の顔を目に映すことしかできなかった。
「そんな”やり方”では、いつまで経っても薬剤師になんてなれないわ」
ファティマはそれだけ伝えると、静かに席を立ち、代金を机に置いた。そして、問題集と共に試験の願書を重ねてエミリの膝の上に乗せたファティマは、そのまま無言で店を去って行った。
「……薬剤師に、なれない……?」
突然、ファティマに突きつけられた大きな壁。プロの彼女だからこそ意味のある言葉は、エミリの巨大な試練となった。