Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第16章 欠落
突然加わった知らない声に、エミリは言い合いを止め、その声の方へ視線を寄越す。
そこには、白髪を後頭部で団子状にまとめた中年の女性が、日傘を手に立っていた。
とても気品のある出で立ちで、服装や鞄は貴族を思わせるほど高価な代物に見える。この女性は、一体誰なのだろうか。
「全く、新しい薬を開発したと聞き立ち寄ってみれば」
「ふ、ファティマ様!?」
「……え」
聞き間違いだろうか。いや、違う。店員は今、確かに女性をファティマと呼んだ。
(この人が……)
まさかこんな所で有名人と会えるとは思わず、エミリは頬を紅潮させる。
このファティマという女性は、薬物関係の法律や管理等を担っている、薬剤師の中でもトップの実力と権力を持つ者である。
エミリが受ける予定の薬剤師試験の問題や試験日、合否等を管理しているのも彼女だ。
そんな彼女は、薬剤師を目指す者たちに憧れを抱かれており、エミリもその中の一人だった。
憧れの人物が目の前にいる。それだけで、心が落ち着かない。エミリ以外に店の中にいる客たちも、彼女を尊敬の眼差しで見つめている。
「何があったのか説明して頂きたいところですが、ここではお客様のご迷惑になります。お話は奥の部屋で。あと……」
ファティマの視線がエミリに移ったため、一気に緊張が走ったエミリは、背筋をピンと伸ばす。
「貴女も一緒に来なさい」
「……は、い……」
これは完全に怒られるだろう。他の客がいるにも関わらず、店の中で騒ぎを起こしてしまったのだから。
(……せっかくファティマ先生にお会いできたのに)
まさか怒られることになるとは。エミリは、シュンとしながらファティマの後に続いて、奥の部屋に入室した。