Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第16章 欠落
昨夜、エルヴィンから貰った壁の通行証を見せ、ウォール・シーナ内へ足を踏み入れる。こうして王都の街を一人で歩くのは、初めてかもしれない。
家も衣装も街並みも、全てが豪華な造りとなっているシーナは、いつ見ても別の世界に入り込んだように思わせる。
調査兵団の兵団服を身にまとっているからか、チラチラと周りから視線を感じながら、目的地を目指して歩いた。
到着した薬屋の建物は、予想通り外装から煌びやかなものだった。入りづらさを感じるが、目的のものはこの店の中にある。仕方なくドアに手をかけ、扉を開いた。
扉を押すと客の入店を知らせるベルが小さく鳴り響く。
ゆっくりと店内へ足を踏み入れ、そっと扉を閉じたエミリは、店の中を見回した。
様々な種類の薬品と薬草。また、薬学に関する本がズラリと本棚を占め、思わず目を奪われた。
願書を貰いに来たことをすっかりと忘れ、その本棚の前に立つ。
「す、すごい……」
本屋や書庫では見ることのできない数の薬学の本が並んでいた。
その上、試験用の参考書や問題集も基礎から応用まで置かれている。
手を伸ばしたくなる気持ちを必死に抑えた。
(一つだけ、買って帰ろうかな……)
王都に売られているだけあり、一冊だけで相当な値段だ。それでも、何か一つだけでも欲しい。
そう思ったエミリは、本を手に取り、内容を確認しながら品定めを始める。
五冊、十冊、二十冊……見れば見るほど悩み、一つに絞るのはなかなか骨が折れた。
けれど、最終的に選んだのは、試験の応用問題だった。
本自体も見やすく、問題は過去に使用されたものが取り上げられている。また解説もしっかりと付いているためわかりやすい。
選び終えた本を両手で抱え、店員の元へ持って行く。
「あの、すみません。この本と、薬剤師試験の申し込みをしたいので、願書をお願いします」
そう言って本を差し出すが、中年ほどの男性店員は探るような目でエミリをじっと見ている。
その眼差しには、間違いなく悪意が込められているのを感じられた。