Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第15章 賢者
「団長、準備が完了致しました!」
「ああ」
側近から報告を受けたエルヴィンは、資料等を部下に預け愛馬の元へ歩く。
その途中、荷馬車で介抱されているエミリの姿が目に入った。そばにはペトラが着いて様子を見守っている。
リヴァイに保護されて戻ってきたエミリの姿を見たのは、これが初めてだ。
報告通り所々怪我を負っているが、橋を飛び降りた時ほど重症ではないことに安堵した。
「エルヴィン、立ち止まってないでさっさと行くぞ」
エミリの方へ視線を向けていたエルヴィンに、後ろに着いていたリヴァイが索敵の位置に着くよう促す。
「ああ、すまない。ただ、お前も無茶を言うようになったと思ってな」
口元に笑みを浮かべリヴァイにチラリと視線を寄越せば、彼はエルヴィンと目が合う前にそっぽを向く。
「エミリの無茶がうつったか?」
「……知るか」
素っ気なく言い返し自分の班の元へ歩いて行くリヴァイの背中を見つめる。エルヴィンは、大きく溜息を吐き、空を仰いだ。そこには眩しい太陽が、今日も人類の明かりとなって輝いている。
「……ようやく、雨が止んだようだな」
昨日の雨で冷えた体が温まっていく。それを感じながらエルヴィンは、照りつける黄金の光に目を細めた。
地下街で苦楽を共にしてきた大切な仲間を失ったリヴァイの心に、ずっと降り続けていた雨。空がどんなに青くても、彼の中でそれが止むことは無かった。
そしてそれは、壁外で部下を失う度に風が強くなり、豪雨と化していたのだろう。
だがエミリと出会い、リヴァイの心に変化が訪れた。
風は止み、小雨となり、少しずつ雲が晴れていった。その結果、彼女の笑顔の温もりから恋が芽生え、愛が詰まった小さな花を咲かせるまでに至った。
「人とは、変わるものだな」
暗い世界で生きてきた冷酷な兵士長を”ただの男”に変えてしまったエミリは、どこまでも奇想天外だ。
そんなことを考えていた時だった。
バサリ
エルヴィンの頭上で羽の音が聞こえた。ハッとして空を見上げた時には、既に鳥の姿は無く、一枚の羽が風に乗ってヒラヒラと宙に浮いていただけだった。