Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第15章 賢者
彼女の静かな寝息を感じ、リヴァイは懐からハンカチを取り出すと、それを彼女の腕に巻き付ける。そこには、牙を立てられた痛々しい傷跡から、まだ少し血が滲み出ていたからだ。
「痛かっただろう。よく耐えた」
安心し切った顔で眠るエミリの顔を自分の方へ向け、頬に手を当てる。手に伝わる温もりが、彼女の生を実感させる。
本当に彼女が死んでいたら、自分はどうなっていたのだろう。
初陣で大切な存在を失ったあの時と同じく、また自暴自棄になって娼館に通いつめていたのだろうか。それとも、ただひたすら酒を煽っていたのかもしれない。
そんな情けない自分の姿が容易に想像できた。だけど、それ程エミリの存在が自分に多大な影響を与えているのだとわかる。
本当に、生きていて良かった。
そんな安心と愛しい感情に包まれながら、リヴァイはそっとエミリの唇に自分のものを重ねる。
(お前はいつも、俺の想像を超えていく……)
自分が見つける筈だった。それでも姿は見当たらず、諦めることしかもう選択が残されていなかった。
そんな所にエミリは飛び込んできた。自分の足で、リヴァイの元へ帰ってきてくれた。
エミリがリヴァイの部下を救った時も同じだ。
閉ざされた道にいつも希望の光を与えてくれる。それがエミリだ。
顔を上げたリヴァイは、エミリを抱き上げ立ち上がる。そして、ずっと後ろで二人の様子を見守っていたリノの元へ歩いた。
「お前のご主人が帰って来たぞ」
リノは、エミリの姿を目で確認すると、長い舌で彼女の頬をペロリと舐め鼻をくっつけていた。
リノにとっても、エミリは大きな存在だ。きっと今、心の底から安心しているだろう。
「リノ、拠点まで頼んだぞ」
嬉しそうに尻尾をパタパタと振るリノの背に跨り、声を掛ける。リノは『ヒヒーン!!』と勇ましく鳴き、リヴァイとエミリを乗せて拠点に向けて駆け出した。
そんなリヴァイたちの背中を一つの影が、木の上から見守っていた。