Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第15章 賢者
「私情を挟むな。お前は、調査兵団兵士長だ」
時計は既に夕刻を指しているため、そろそろ巨人も活動を止めるだろう。しかし、この雨の中エミリを探しに行くとなると相当なリスクがある。
下手をすれば兵団と合流できない可能性もあるのだ。
「リヴァイ、命令だ。ここに残れ」
兵団や人類のために、リヴァイを失うわけにはいかない。
彼の存在が亡くなる。それは、人類が巨人に食い尽くされる未来もそう遠くないものになってしまう。
リヴァイは何も言わず、強く握り締めていた拳を解いた。
「……了解だ」
その短い返事を聞いたハンジが、悔しそうに唇を噛み締めた。ミケはそんな彼女の肩に手を置く。
「エルヴィン、一つだけ……いいか?」
「何だ?」
生気を失ったようなリヴァイの声に、それだけエミリの存在が、彼に大きな影響を与えていたということが伝わってくる。
「夜明け前、雨が上がっていたら……あいつを探しに行く。それなら問題ねぇだろ」
振り向いたリヴァイの目は、彼が初陣でエルヴィンに刃を向けたあの時と同じくらい冷たいものだった。
拠り所としていたものを失った時のリヴァイの瞳は、氷のように冷たく、また、暗闇だけの世界を映す絶望に染まったような色をしている。
「行くな、と言っても行くんだろう」
エルヴィンがそう返せば、リヴァイは何も答えず自由の翼を翻し、テントから出て行った。
「……エルヴィン」
エミリを助けられなかった後悔と、またリヴァイを苦しめてしまった罪悪感で、ハンジは胸が張り裂けそうだった。
「ハンジ、何も言うな。これが、我々の生きている場所だ」
”ごめん”
それを言葉にしようとしたハンジを止め、エルヴィンはミケに目配せをしてから側近の元へ戻った。
「苦しみを感じているのは、リヴァイだけじゃない。お前もだろう」
自分よりもリヴァイのことを気にかけるハンジに、ミケは静かに声をかける。
ハンジがエミリのことをとても大切に思っていたこと、兵士としての彼女の成長を温かく見守っていたこと、全部よく知っている。
ミケの言葉に耳を傾けていたハンジは、手で目元を覆い静かに涙を流した。