Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第15章 賢者
朝食の一時間前の兵舎はまだ静かだ。皆が起床する時間は大体この辺りで、部屋を出ることはあまりない。だが、皆が皆そうではない。
上官であれば、大量の仕事を終わらせるためにもっと早くに起きて執務室に篭っていたり、自主トレーニングをする者だっている。
そして、思春期男子が見るような夢に浸っていたリヴァイは、未だにフワフワした気持ちのまま中庭を歩いていた。いつもなら仕事に取り掛かるが、今はそんな気分になれず涼しい風に当たっていた。それでもまだスッキリしない。
軽く舌打ちを鳴らし、とりあえず少しでも気を晴らすため、いつもの訓練場の近くを通った。
そこでリヴァイの目に入ってきたのは、一本の木の上に乗る人影。
(……何やってんだ?)
この時間に訓練場にいるということは、自主練中の兵士だろう。だが、何故木の上にいるのだろうか。立体機動装置をつけている訳でもない。
気になったリヴァイは、木の前まで歩み寄る。近くに来てみると結構な高さだ。
「……あ?」
兵士の姿を確認するため顔を上げたリヴァイは、顔を強ばらせ、そして腹に力を込めて大きく息を吸い込んだ。
「おい! 何やってんだ!!」
「へ!?」
いつもより大きな声で叫ぶように話しかけると、兵士はそこでようやくリヴァイの存在に気づき彼を見下ろす。
「あれ、兵長……?」
「危ねぇだろ! さっさと降りてこい!」
「で、でも……」
「俺の言うことが聞けねぇのか。なあ、エミリよ」
そう、木登りをしていた兵士の正体はエミリだった。何故、彼女がそんなことをしているのかは分からないが、あんな不安定な場所に居たら落ちてしまう。
今エミリが体重をかけている枝は、太さはそれなりにあるものの人間が安心して居座れるほど丈夫ではない。その証拠にエミリが少し動く度に、ゆさゆさと葉と共に揺れている。