Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第14章 傷跡
「兵長、準備できました」
隣のリヴァイの部屋をノックすると、数秒後にガチャリと扉が開かれる。中から出てきたリヴァイは、エミリを目に映すと一瞬、驚いた様に目を見開き、そして扉を閉めた。
「兵長、どうかしました?」
リヴァイの反応が気になったエミリは、彼の顔を覗き込むように少し腰を曲げる。
「いや、髪型がいつもと違うと思っただけだ」
「あ、気づいてくれました? これ、母さんがやってた髪型なんです」
「……そうか」
懐かしげに目を細め話すエミリは、細い指で自分の髪に触れる。
まるで、思い出の品に触れるかのように優しく……
髪型を少し変えただけでいつもと雰囲気の違うエミリに、リヴァイはまたもや翻弄される。
またよく分からない感情が自身を支配し、溜息が零れた。だけど不思議と悪い気はしない。
宿を出て待ち合わせ場所へ向かうため街を歩く。
エルヴィンは書類を整理してから来ると言ったが、文字通り整理するだけ。すぐに追いつくだろう。
歩いている間は暇だ。そう思ってリヴァイがエミリに話を振れば、彼女は笑顔で応えてくれた。
エミリと隣同士並んで歩く。それが何だかリヴァイには特別に思えた。
兵士長という役職のせいか他の部下達は皆、リヴァイの横を歩くことはない。数歩後ろを着いてくる。
勿論、それが上司と部下の一般的な距離だが、リヴァイはその距離間に物足りなさを感じていた。だけど……
「お前、酒は飲めるのか?」
「お酒ですか? う〜ん……私はあんまり飲みませんね」
今はそれが無い。
理由は、エミリが自分の隣を歩いてくれているからだろうか。いや、それだけじゃない気がする。
とても居心地がいい。
はっきりとした理由があるわけではないのに、何故か納得してしまう自分がいる。
本当にエミリといると不思議なことだらけだ。
二人を包む空間は穏やかなもので、リヴァイは自然と口角が上がる自分に気づいていた。そんな時……
「あ……」
あるものを目にしたエミリがピタリと歩を止める。それと同時に、今までの優しい雰囲気が一瞬で解かれたような気がした。