Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第14章 傷跡
もう一度エミリの顔を見る。彼女は何の反応も示さないリコを不安げに見つめていた。
(……もしかして、この子が……)
ハンネスと同じシガンシナ区出身で、彼女とは赤子の頃からの付き合い。そしてさっきの親しげな様子。
ハンネスの話に出てきた子供たちの一人は、エミリの可能性もあると十分に考えられる。
「……少し前、ハンネス隊長が言っていた」
「え?」
「『あの日、守れなかったものを次こそは守り通す』と」
「っ!?」
あの日がいつを指しているのか、その言葉が何を指しているのか、エミリはすぐに分かった。
あの日は、シガンシナが陥落した日。
守れなかったものは、カルラのこと。
そして、次こそは守り通す。その言葉は、エミリやエレン達のことを言っているのだと。
「だが、それでも……『あの頃の日常が好きだった』と、『役立たずの飲んだくれ兵士で良かった』とそう言っていた」
「…………」
「まあ、例の子供たちにはそれが『まやかしの平和だと思われていたかもしれないが』と言っていたがな」
エミリの脳裏に浮かぶ、懐かしい平穏な日々の記憶。もうずっと前のことのように思える。
(私達は、未来を見つめて戦い続けているけど……)
ハンネスはその逆。
昔の、あの平和な日常を取り戻すために戦うことを誓ったのだろう。
未来ではなく、他愛のない平和な日々を愛し、その過去の優しい記憶を忘れずに……────
「……何故、私にその話を?」
「さあな。私もよくわからん。だが、君は知っておくべきだったんじゃないかと思っただけだ」
そう言って、リコも仕事へ戻るためにエミリの元から離れ食堂を出て行こうとする。
「リコさん!」
エミリに呼び止められたリコは、ピタリと足を止めた。
「ありがとうございます」
ハンネスがいま、何のために兵士として戦っているのか、生きているのか、それを知ることができて良かった。
そんなエミリの礼に応えることなく、リコはそのまま食堂を後にした。