Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第10章 存在
エレンを見送り病室へ戻ったエミリは、紋章が見えるようにマントを畳む。手に持ち、自由の翼を眺めながら思い出すのは、訓練兵団に入る前にエレンと交わした言葉。
『姉さん! 調査兵団になったら、マント着て見せてよ!』
『うん、わかった!』
危うくあの約束を忘れる所だった。エレンは覚えているだろうか、思い出してくれただろうか。
「もう、四年前になるんだもんなあ……」
まだエミリが兵士になる前の平和で穏やかな日常の一コマ。
それらの出来事が、ずっと、遠い昔のことのように思えるのは、調査兵としての道を歩んでいるからだろうか。
ベッドに腰掛け、机の上に置いてある小さな紙袋を手に取る。封を開ければ、中から漂う甘い香り。いつ見ても美味しそうなヌスシュネッケンは、食欲よりも大切な温かい思い出を呼び起こしてくれる。
「……母さん、父さん。エレン、大きくなってるよ。私の身長越しちゃうくらい。そんなエレンを見たら母さん達、きっとビックリするよ……」
静かな病室で、一人呟く。
勿論、誰からも返事は無い。いま病室にはエミリ一人だけなのだから。
「……私のこんな姿を見たら、母さん怒るだろうなあ。怖い顔して……」
男の子のような怪我をして家に帰った時、いつもカルラに怒鳴られた。『エミリは女の子なんだから!』と何度言われただろう。
「……寂しい」
無意識に出た言葉だった。
そう思うのは、きっとエレンと二日間共に過ごしたからだろう。家族の温もりを感じ、胸が締め付けられるようで切なくなった。
カンカン、カンカン……
「!」
そこで街に響き渡る鐘の音。カーテンを開けば、街は完全に茜色と化している。
「……皆が帰ってくる……!」
この時間帯となれば、壁外調査へ出た調査兵団が帰還する頃だ。
エミリは、未だに苦しく感じる胸に手を当て深呼吸をする。ゆっくりと二酸化炭素を吐いてから、松葉杖を手に病室を出た。
怪我人の自分でも、帰ってきた皆の手当くらいは出来るだろう。きっと皆、苦しんでいる。ただベッドで待っているなんて出来ない。
誰かの傍にいたい。
誰かの力になりたい。
無性にそんな気持ちに駆られたエミリは、杖をつきながら担当医の元へ歩いて行った。
そして、皆に会ったら言おう。『おかえり』と。