Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第10章 存在
(そっか……)
手のひらから伝わる優しいエミリの体温に身を委ね、そっと目を瞑る。
(……焦らなくていいのか)
小さい頃にいつも感じていたこの温もり。それに触れるのは久しぶりで、懐かしい感覚と共に心が落ち着いていく。
家族を巨人から奪われ、憎しみがエレンの心を覆っていた。巨人を駆逐することに意識が向けられ、ヒトの温かさを忘れていた。だけど、こうして再び思い出すことが出来たのは、エミリが包み込んでくれたから。
カルラはもういない。けれど、姉を通して母の温もりを感じる。そう感じられるのは、"人間"は違っても親子だから、家族だからだろうか。
懐かしい感覚に、段々とエレンを追い立てていた焦りが消えて行く。
「エレン……エレンが強がりなのはよく分かってる。でも、たまには誰かを頼って。ミカサやアルミン達がダメなら他の子達でもいい。私でもいいから」
「その言葉、そっくり姉さんに返す」
「ふふ、まったくもう……」
相変わらず口だけは減らない。この様子からして、もう大丈夫だろう。
エミリは手を降ろし、エレンから離れる。目の前にあったのは、迷いが吹っ切れた表情をした弟の笑顔。
「うん、いい顔してる! エレン、その笑顔を忘れないでね」
「……うん」
『笑顔を忘れないで』
どこからだろう、カルラの声が聞こえた気がした。空耳かもしれない。でも、エレンはそれを幻聴ではないと思いたかった。
母がよく、二人に言っていた言葉。
本当に懐かしい。
自分は不器用だから、エミリのようにはいかないかもしれない。……でも、あの言葉だけは、忘れずにいよう。
「エレン、姉さんはいつもでも味方だから」
「……うん。姉さんこそ、死ぬなよ」
「当然!」
「……それじゃあ」
「うん」
今度こそ、背を向けて歩き出す。
少し寂しく感じるのは、毎日過ごしていた時の名残だろうか。
「エレン!」
真っ直ぐ届くエミリの声。
振り向けばそこには、どこに隠していたのやら、自由の翼のマントを背負ったエミリが、左胸に拳を当てていた。
「エレン、頑張れ!」
満面の笑み。
姉の言葉と笑顔は、とても心強いものだった。
「ああ!!」
そしてエレンも敬礼をして見せる。その姿は、兵士を志す逞しいものだった。