Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第10章 存在
夕焼けがローゼの街を包み込む中、身支度を整えたエレンは松葉杖をついて見送りに立つ姉と向かい合う。
「じゃあ、行くよ」
「うん」
二日間、エミリの監視という役割を終えたエレンは、再び訓練兵団へと戻る。また厳しい生活の始まりだ。
エミリと過ごしたのが二日で良かったと内心ホッとしていた。このまま一緒に居てしまえば、この平和な日常に呑み込まれてしまいそうだったから。そう思えるほど、姉と過ごす時間はエレンに安らぎを与えた。
「二日間、楽しかったよ。兵士になる前に戻ったみたい」
「うん。俺も楽しかった……」
ただ、自分たちの今居る場所へ戻るだけ。それでも、二人の間に流れる空気がこんなにも重く感じられるのは、自分達の立場をしっかりと理解しているからだろう。
二人の居場所に、『またね』などという幸せな言葉は、簡単に存在している訳ではない。
エミリは調査兵。この怪我が治れば、また壁外へ巨人と戦いに赴く。
エレンは訓練兵。調査兵の姉とは違って死ぬ確率は少ないとはいえ、兵士になる前に命を落とした者もいる。必ず、生き残るとは限らない。
それでも、自分で選んだ道だ。そんな残酷な運命になど負けない。エミリも、エレンも──
「それじゃあ、」
「待って」
背を向け、自分の帰るべき場所へ足を動かそうとしたエレンは、エミリの静止の声によって足を止める。
「何だよ?」
「……エレン」
茜色に染まるエミリの顔は、いつもと変わらない優しい表情をしている。
杖を使って、ゆっくりとエレンの目の前へ移動したエミリは、右手を持ち上げ優しくエレンの頭を撫でた。
「姉さん……?」
またいつもの甘やかしかと思ったが、そうでは無さそうだ。慈愛に満ちた瞳がそう物語っている。
エミリは手を止めず、エレンとしっかりと目を合わせて口を開いた。