Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第10章 存在
「へぇ、エミリがそんな事を……」
リヴァイの話を聞き終えたハンジは、目を細めて夜空にぼんやりと浮かぶ月を見上げる。
今夜は半月。半分に欠けた金色(こんじき)の月は、自分の欲を満たすことを躊躇うエミリのように、これ以上暗部に踏み込んではならないと遠慮がちに輝いているように見える。
「エミリはきっと、深い愛情を受けて育って来たんだろうね」
見ているだけでも判る。エミリは優しさで溢れた親の元に生まれたのだと。
母親の温かく優しい無償の愛。それはしっかりとエミリの中で、エミリなりの愛のカタチとなって受け継がれている。
一時は巨人に対する恨みに呑み込まれていたエミリだが、いまは人々の幸せのために戦いに身を投じている。
それは紛れもなく、母親の教えが彼女を支え導いているのだろう。ただ……
「あいつはもっと、頼ることを覚えるべきだ」
その純粋な優しさ故に、いつも自分が我慢をする方を選ぶ。誰かの幸せを願っても、自分のことに関しては無頓着。自身を卑下することだって多い。
それは、自分に自信が無いから。そう思うのは、自分にチカラが無いと思っているから。
だから、そんな自分でも少しでも誰かの力になりたくて無茶をする。だが、そんな事を続けていればいつか彼女自身が倒れてしまうだろう。
(どうすれば、あいつを解放できる……)
エミリを縛り付けているのは、劣等感の塊。弱い心を持つ彼女自身。
その弱い自分を越えなければ、エミリはこれからもずっと自分を受け入れることはできないだろう。
「リヴァイ? 何考えてるの?」
「…………」
エミリが失恋をしたあの日から、何かとリヴァイは彼女を気にかけるようになっていた。他人にあまり興味を示さないあのリヴァイが自ら寄り添っていくことなど初めてだ。
リヴァイとエミリ。
大きな力を背負う者と無力な自分に追われる者。
まるで陰と陽のような相反する二つの存在は、どこかで交わり、そしていつか、大きな化学反応を見せてくれるかもしれない。
「……あいつは、エミリは、もっと我儘になっていい……」
(……リヴァイ、君もね…)
リノの目を真っ直ぐと見ながらエミリを思うリヴァイに、ハンジは静かに心の中で返した。