Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第10章 存在
***
エーベルとシュテフィの結婚式の日。
ベーゼ家の子息の邪魔が入り、とんでもない事態となった。
彼が投げ捨てたシュテフィの婚約指輪を取りに行くために、エミリは20mの高さを躊躇わずに橋の下へ飛び降りた。エーベルとシュテフィのためとは言え、ここまでするとは思っていなかったリヴァイはただ焦っていた。
『エルヴィン、こいつらを頼む』
馬車でシュテフィを会場まで送り届けたリヴァイは、後は全てエルヴィンに任せる。
早くエミリを迎えに行ってやりたい。きっと今頃、傷だらけの体で指輪を探しているだろう。大きな怪我を負っていても、彼女なら痛みに耐えながら動き回るに違いない。
『リヴァイ、エミリは?』
エミリの姿が見当たらず、ハンジが不安そうに眉を寄せて問いかける。
『詳しくはそいつから聞け。おい、馬を借りるぞ』
『は、はい!』
『え、ちょっと……リヴァイ!?』
説明している時間が惜しい。詳しい話はシュテフィに任せ、彼女の従者から馬車の馬を借りたリヴァイはそれに跨り走らせる。
後ろからハンジがリヴァイを呼び掛ける声が聞こえるが構っている暇はない。
『クソ、無茶しやがって……』
ここまで一人の女に世話を焼かされるのは初めてだ。
苛立ちが募る。それはきっと、エミリを止められなかった自分に対して。
元来た道を引き返し、森を抜ければ見えるのはさっきの橋。そこにはもう誰もいなかった。ベーゼ家の子息も帰ったのだろう。
あいつのクソにまみれた顔は二度と見たくないと思っていたから都合が良かった。
もう少し馬を走らせると地面に座り込むボロボロの少女が目に入る。間違いなくエミリだ。
『エミリ!!』
名前を呼べば、ゆっくりとエミリの顔が上げられる。泣きそうな顔をして、リヴァイをその瞳に映していた。
彼女の痛々しく無残な姿に、ベーゼ家の男を一発殴っておけばよかったと舌打ちを打つ。
けれど、そんなことをすれば奴を殴らずに耐えたエミリの気持ちが台無しだ。
とにかく無事で良かった。
安堵したリヴァイは、思わずエミリを抱き締めた。またもやらしくない自分の行動。どうしてそうしてしまうのか、その理由はまだ解らなかった。