Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第10章 存在
リノの元へ足を運ぶと、そこには既に先客がいた。よしよし、とリノの頭を優しく撫でては話しかけている。
「……ハンジ、いたのか」
「やあ、リヴァイ。君もリノの様子を見に来たの?」
「あいつに頼まれたからな」
思い出すのは、三日前にエミリと交わした会話。
彼女にリノが荷馬車班を担う事となった話をすると、困った様に微笑んでリヴァイに言った。
『兵長、すみませんが…あの子のことをお願いします。きっと、ひとりじゃ不安だと思うから……』
リノはまだ、人間不信のままだ。今迄はエミリが一緒だったから落ち着いて居られたのかもしれない。それ程リノにとって、エミリの存在は大きかった。
それを解っていたから、エミリも心配そうにしていたのだろう。だからリヴァイにリノを任せたのだ。
けれど、一つだけ腑に落ちないことがある。
何故エミリは、ハンジではなくリヴァイにリノを任せたのだろう。それがずっと心に引っ掛かっていた。
「珍しいね。リヴァイ」
「あ? 何がだ……」
「人の頼み事を聞くなんてさ」
エミリが調査兵団に入団してから一年経ったとはいえ、彼女はまだまだ下っ端兵士だ。いつものリヴァイならば、頼み事どころか目もくれないだろう。
(やっぱり、エミリの存在がリヴァイに大きな変化をもたらしているんだろうなぁ。この子と同じで)
リヴァイとリノを交互に見ては、「ふふっ……」と含笑いをするハンジに、リヴァイはいつものように辛辣な言葉を放つ。
そう言えば、人間と馬とで生き物は違うとはいえ、リヴァイもリノも"ヒトに対して心を開かなかった"という共通点が見られる。
エミリはその事に気づいているだろうか。いや、気づいていない。
彼女のその正義感溢れる心が、何気ない優しさが、一つひとつの言葉が、温かい笑顔が…一つの魅力となってヒトの心を動かすのだろう。
「エミリと出会ってから、リヴァイは変わったね」
「……そうかもしれねぇな」
「え、自覚あるの?」
「あいつと居ると調子が狂う……」
そう言ってリノに近づき、そっと触れる。リノがどう反応を見せるのか、ハンジは固唾を飲んでその瞬間を見守る。