Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第10章 存在
日が沈み始め病院へ戻った二人は、それぞれ院内に設置されてある風呂場で入浴を済ませてから夕飯を共にした。
夕飯のあとは、エミリがエレンに座学の特別講義を開いた。この時期は、近々筆記の試験が控えているからだ。
真面目なエレンはしっかりとエミリの解説を聞いてはメモを取っていた。そんなエレンにまたもやエミリが頭を撫でようと手を出したが、流石に一日何度もやられるとエレンも慣れる。ちゃんと阻止した。
そうこうしている内に、あっという間に時刻は九時を回っていた。
溜息を吐いて筆を置くエレンに、エミリはもうすっかり暗くなった窓の外へ視線を向けて話し掛ける。
「エレン、今日はどこに泊まるの? 宿とか借りた?」
「いや、このまま病室でいいよ。ソファで寝るし」
「そう? なんなら一緒に寝る?」
「寝るわけねぇだろ!! 何歳だと思ってるんだよ!!」
布団を捲って相変わらず楽しそうに笑顔を見せるエミリに、エレンは顔を赤くして講義する。
「ジョーダン、ジョーダン!」とクスクス笑う姉を恨めしそうに睨んだ。
「懐かしいなぁ。小さい頃はよく一緒に寝たよね! 覚えてる?」
「ガキの頃の話はいいだろ……」
「エレンってば、私の服をギュッと掴みながらスヤスヤ眠ってて、可愛かったなあ」
「人の話聞けよ!!」
全く聞く耳を持たない姉に、こうしてツッコミを入れるのも疲れてきた。このブラコン気質さえなければまともなのに、この人は一体どこで道を間違えたのだろうか。
「もう灯り消すぞ!」
付き合ってられるかと文句を飛ばしながら、蝋燭の火を消す。
病室は一瞬で真っ暗となり、唯一月明かりだけが部屋の中を照らしていた。
灯りを消したエレンは、看護師が用意してくれた枕と掛け布団を持ってソファに横になる。
「エレン」
「……何だよ……」
「おやすみ」
久し振りに聞いたエミリの『おやすみ』。
その言葉だけで、瞼が重くなる。それはエミリが言ったからだろうか。
「……おやすみ」
そう返して、エレンは襲ってくる眠気に従って瞼を閉じる。
すると、幼い頃にエミリと過ごした記憶が浮かんだ。ゆっくりと流れる心地良い思い出に釣られるかのように、エレンは夢の世界へ意識を手放した。